東京高等裁判所 昭和27年(う)2934号 判決 1952年12月16日
控訴人 被告人 鈴井春雄
弁護人 大久保弘武
検察官 野中光治関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、末尾に添附した弁護人大久保弘武作成名義控訴趣意書と題する別紙記載のとおりであつてこれに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
論旨第一点について。
記録を調査するに、原判決がその理由において、判示第五の事実として、『同年五月二十八日頃の夜浜松市平田町一三三黒尾九一郎方に至り同人に対しさきに騙取した水谷嘉男名義の日本無尽株式会社発行契約給付金額三万円の日掛無尽契約証書一通及び水谷の印鑑を抵当として金一万五千円を借受けたが、翌日右黒尾方に至り右一万五千円を返済する意思はないのに同人に対し「今から銀行へ行つてこの証書で金を下して来て返すから」と嘘を申向けて同人をしてその旨誤信させて即時同所で右通帳及び印鑑を交付させて之を騙取し』との事実を認定判示していることは、所論のとおりであつて、所論は、被告人の右の所為は、さきに騙取した物件の事後処分行為であつて、新たな犯罪を構成するものではない旨を主張するので、案ずるに、他人を欺罔して財物を騙取した後、他の第三者から金銭を借り受けるに際し、該貸金債権の担保に供するため、右騙取した物件をその情を秘して貸主に交付する行為は、前の詐欺罪における賍物の処分行為として同罪のうちに包含され、新たに別罪を構成しないと解すべきことは、論を待たないところであるが、既に、右担保に供した後においては、該物件は、右貸金債権の担保物件として、貸主の占有に属するものであるから、更に、右貸主を欺罔して該物件の交付を受ける行為は、前の詐欺罪の被害法益とは別な新たな財産上の法益を侵害するものというべく、従つて、前の詐欺罪とは別個に、新たな詐欺罪を構成するものと解するのが相当である。今本件についてこれをみるに、原審判決書の記載、並びに、原判決が右判示事実認定の証拠として挙げている被告人に対する司法警察員及び検察官作成の各供述調書中の記載、水谷ちよ子、水谷勝彦、黒尾九一郎に対する司法警察員作成の各供述調書中の記載等をそう合するときは、右原判示第五の水谷嘉男名義日本無尽株式会社発行契約給付金額三万円の日掛無尽契約証書一通及び「水谷」と刻した印顆一個は、被告人が、昭和二十七年五月二十八日ごろ、右原判示第五の犯行に先だち、その所有者である水谷ちよ子を欺罔してこれを騙取したものであること、並びに、右原判示黒尾九一郎は、その情を知らずに、原判示のように、同日ごろ、被告人に対し、金一万五千円を貸し付けるに際し、その債権の担保としてこれを受け取つておいたところ、その翌日、被告人のために、原判示のような方法でこれを騙取されたものであることが認められるのであるから、被告人が、前示のように、水谷ちよ子を欺罔して騙取した右日掛無尽契約証書及び印顆を金一万五千円の貸金債権の担保として前示黒尾九一郎に交付した行為は、右水谷ちよ子に対する詐欺罪における賍物の処分行為として同罪のうちに包含され、新たな犯罪を構成しないものと認むべきことは、まことに所論のとおりであるが、しかし、前示のように、既に、債権の担保に供した後において、該担保権に基ずき右物件を占有している黒尾九一郎に対し、虚偽の事実を申し向けてこれを欺罔した上、同人より該物件の交付を受けた被告人の所為は、前示水谷ちよ子に対して犯した罪の被害法益とは別な財産上の法益を不法に侵害したものとして、前の罪とは別個に、新たな詐欺罪を構成するものといわなければならない。してみれば、原判決が前示のように、被告人の右所為が詐欺罪を構成するものとして有罪の認定をしたことは相当であつて、原判決には、所論のような審理の不尽、ないしは、罪とならない事実を有罪と認定した違法があるものということはできないから、論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)
控訴趣意
第一点原審判決は審理不尽乃至罪とならない事実を有罪と認定した違法があるものと信じます。
原審判決理由第五の事実に依ると「……さきに騙取した契約書一通及び印鑑を更に他人方に抵当に入れたが、詐言を用いて再びこの通帳等を騙取した云々」と云ふことになつて居るが、これに依ると右事実は従前の詐取した物件の事後処分行為であつて何等新たなる犯罪を構成すべき筋合のものではないのに不拘之を有罪と認定したのは事実を明確に把握して居らないか乃至は罪とならない事実を有罪と認定した違法があるものと信じます。
(その他の控訴趣意は省略する。)